富津陣屋跡

   

富津市富津925-8周辺  地図

富津陣屋跡 文化7年(1810年)白河藩主松平定信が房総沿岸警備を命じられ、文政5年(1822年)館山の波佐間から陣屋を移設した。
以後、幕府代官、忍藩、会津藩、柳河藩、二本松藩、前橋藩と引き継がれ、行政や海防の拠点として、また駐留藩士の居所として使用された。
明治元年閏4月、旧幕府軍によって包囲され、前橋藩では陣屋を明け渡し、兵士、武器、食料を提供した。
小河原左宮自刃之地 前橋藩。
2300石。
家老。
明治元年4月藩預かりの上総富津砲台警備中、旧幕軍撒兵隊に去就を迫られ、やむなく兵器を渡した責を負い、閏4月3日自刃。
58歳。
白井宣左衛門自刃之地 前橋藩。
200石。
町奉行、勘定奉行。
明治元年5月藩預かりの上総富津砲台で幕軍と妥協した責を負い、6月12日自刃。
58歳。