自在院

   

会津若松市相生町2-18  地図

斎藤新吾墓 会津藩。
慎吾とも。
器械方。
明治元年7月27日越後水原で戦死。
26歳。
佐藤喜七墓 会津藩。
4石2人扶持。
独礼。
進撃小室隊。
明治元年8月29日若松長命寺で戦死。
37歳。
西軍戦死者墓 松川忠兵衛・・・土佐藩。明治元年若松で戦死。
万吉・・・土佐藩。明治元年夏若松で戦死。
鉄蔵・・・佐土原藩。夫卒。明治元年9月15日会津青木村で戦死。
吉蔵・・・佐土原藩。夫卒。明治元年9月17日会津青木村で戦死。
啓傳墓 自在院住職。
啓範とも。
大豆渡村(南会津町)浄土宗南泉寺・徳玄の次男。
諸国修行し、40歳より自在院の住職となる。
明治2年11月に上京し、翌年7月に南泉寺住職の兄慶善に会う。
兄は雲井龍雄を首魁とし、徳川恢復の陰謀を企て、そのための資金として贋札製造をしているというので同意。
逮捕された後に明治3年(1870年)12月5日小伝馬町の牢で獄死。
48歳。
自在院の過去帳と墓石には12月12日没とある。