三条市駒込1837周辺 地図
赤坂古戦場之跡 | 村松藩を主力とする東軍500名は、長岡・見附より後退し駒込の石動社から観音堂に滞陣した。 西軍の本陣は、峠の向かい側の杉沢に置き、前線は赤坂にあって対峙した。 明治元年6月1日朝、村松藩は、米沢藩・会津藩と共に鹿峠・長沢の東軍陣地を背景として、赤坂の西軍に総攻撃をかけた。 村松藩はこの戦いで隊長青木剛八が戦死。軍監奥畑伝兵衛は十数人を斬り倒したが、狙撃で倒されてまた立ち上がり、その勇猛な戦いぶりは後世に語り継がれた。 村松藩はこの戦いで7名が戦死した。 |
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金子喜兵衛墓 | 村松藩。 110石2人扶持。 側用人支配。 明治元年6月1日越後赤坂峠で戦死。 |
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表烈碑 | 大正14年(1925年)建立。 戦死した村松藩士の名が刻まれている。 青木剛八・・・5石5人扶持。大筒隊長。明治元年6月1日越後赤坂峠で戦死。(幕末維新全殉難者名鑑には青木剛四郎とある。) 奥畑伝兵衛・・・100石5人扶持。使番目付。軍監。明治元年6月1日越後赤坂峠で戦死。 金子喜兵衛・・・110石2人扶持。側用人支配。明治元年6月1日越後赤坂峠で戦死。 内藤伝太郎・・・明治元年6月1日越後赤坂峠で戦死。 船山石平・・・速水隊。明治元年6月1日越後赤坂峠で戦死。 皆川亀治・・・速水隊。明治元年6月1日越後赤坂峠で戦死。 渡辺延平・・・速水隊。明治元年6月1日越後赤坂で捕、杉沢で斬。 |
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