古戦場:舟形町舟形858-10周辺 地図
墓地:舟形町舟形3590-1周辺
舟形古戦場 | 明治元年7月13日朝、欅坂付近で発した銃声に端を発し開始された。 庄内藩酒井吉之丞を隊長とする二番隊は山形、仙台藩と共に小国川南岸に布陣、一方新庄、長州、薩摩藩は四ッ屋地内山ノ神山頂とその麓付近に布陣した。 庄内勢の一隊は一ノ関下手の小国川を渡河し山ノ神、欅坂へ向かい西軍の背後を急襲した。 不意をつかれた新庄藩は白刀を以て戦ったが及ばず隊長堀彦右衛門、小屋春五郎、伊藤亀助が戦死し、この3人の遺体は舟形へ運ばれ首を晒された後定泉寺に埋葬された。 一方不意打ちに浮足立った有様を見た庄内藩は総攻撃を開始、山ノ神麓で激しい銃撃戦となり長州藩大野坂次郎、新庄藩白塚藤吾、河上雅右衛門、斎藤竹蔵が戦死し、首を刎られ旧清水舟形街道の上り口の四ッ屋墓地側に埋葬された。 後年に至り定泉寺に埋葬された伊藤亀助は扶持取りなる故、墳土を分けて白塚藤吾、斎藤竹蔵と一所にし、河上雅右衛門のはそれと交換して舟形へ移す。 |
![]() |
|
大野坂次郎戦死之地 | 長州藩。 装条銃中間。 第四大隊斥候。 明治元年7月13日羽前舟形村で戦死。 22歳。 |
![]() |
|
新庄藩3名墓 | 斎藤竹蔵・・・銃隊足軽。明治元年7月13日新庄舟形口で戦死。18歳。 白塚藤吾・・・大砲隊。明治元年7月13日新庄舟形口で戦死。22歳(18歳とも)。 伊藤亀助・・・銃士。明治元年7月14日新庄鳥越村で戦死。24歳。 |
![]() |
|
大野坂次郎墓 | 長州藩。 装条銃中間。 第四大隊斥候。 明治元年7月13日羽前舟形村で戦死。 22歳。 |
![]() |