函館市船見町18-18 地図
徳川義士戦死之霊墓 | 明治元年辰十二月二十七日ヨリ明治二年巳五月十一日マテ戦死八十二名とある。 旧斗南藩士で開拓使士族の澤田光長によって建立された。 |
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諏訪常吉墓 | 会津藩。 24石4人扶持。 公用人。 会津遊撃隊長。 明治2年4月29日福山で傷、5月16日死。 37歳。 |
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諏訪部信五郎墓 | 幕府軍。 砲兵隊差図役。 明治元年10月24日七重村で傷、11月22日死。 19歳。 |
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廣度院義堂信士墓 | 幕府軍。 明治元年12月17日戦死。 |
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幕府軍3名墓 | 源太郎・・・「蟠竜」水夫。明治2年2月26日爆発事故で死。 春吉・・・「蟠竜」水夫。明治2年2月26日箱館港でボイラー爆発、死。 秀吉・・・「蟠竜」水夫。明治2年2月26日箱館港でボイラー爆発のため死。 |
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石川周次墓 | 幕府軍。 砲兵隊差図役。 明治2年4月29日矢不来で傷、箱館病院で死。 |
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大村卓司墓 | 幕府軍。 伝習士官隊。 明治2年5月11日箱館で戦死。 48歳。 |
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丸内久蔵墓 | 福山藩。 丸岡とも。 鷹撃隊。 明治元年10月24日七重村で戦死。 36歳。 |
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日向真寿見招魂碑 | 会津藩。 白虎隊士中二番隊隊長の日向内記の長男。 嘉永6年(1853年)1月19日生まれ。 14歳で喜徳の側近となり、戊辰戦争では籠城し戦う。 明治6年(1873年)開拓使電信生となり、卒業後は北海道に渡り各地に勤務、工部省技手、電信修技校恕助教を歴任。 以後も岡山・新発田・酒田などの電信局長を務める。 日清戦争勃発とともに朝鮮に渡って第一軍兵站部に属し軍用電設の業務中に倒れ明治28年(1895年)3月24日平安道龍川で没。 享年43歳。 招魂碑は真寿見の一周忌に仙台青葉神社に建立されたがのちに実行寺に移された。 |
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日向真寿見墓 | |
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