函館市中島町37周辺 地図
中島三郎助父子最後之地 | 幕府軍・中島三郎助が千代ヶ岡陣屋の隊長として、浦賀時代の仲間や二人の息子とともに守備につき、西軍からの降伏勧告を謝絶して戦闘を続け戦死した。 中島三郎助・・・幕府軍。天保末浦賀奉行添役。安政2年(1855年)長崎海軍伝習所入り、安政6年(1859年)軍艦操練教授方頭取。明治元年榎本武揚らと北海道へ。箱館奉行並、砲兵隊並、中島隊隊長。明治2年5月16日千代ヶ岱で二子とともに戦死。50歳。 中島恒太郎・・・三郎助の長男。明治2年5月16日千代ヶ岱で戦死。22歳。 中島英次郎・・・三郎助の二男。房次郎とも。明治2年5月16日千代ヶ岱砲台で父、兄とともに戦死。19歳。 |
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