登米市迫町佐沼字沼向82-1 地図
高橋之謹墓 | 仙台藩。 亘理家儒医楽斎の子。 戊辰戦争では従軍医として活躍。 明治15年(1882年)8月22日没。 享年63歳。 |
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加藤伊右衛門墓 | 仙台藩。 組抜並。 佐沼豪商近江屋惣四郎の子。 若い時から経史を高橋麒峯に、剣術を吉田勝之丞に学んで指南免許を受ける。 藩に献金した功により番外士に取り立てられた。 戊辰戦争では折衝隊長となり、農兵50名を率いて秋田口に出征した。 維新後は醤油醸造を業として悠々自適風流を楽しんだ。 明治23年(1890年)11月15日没。 享年60歳。 |
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翁 新兵衛墓 | 仙台藩。 亘理家家臣。 戊辰戦争では銃士頭として秋田口へ出征し戦功をたてる。 明治25年(1892年)6月10日没。 享年74歳。 |
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中村竹径墓 | 仙台藩。 亘理家家老。 儒学者、歌人。 幼少から秀才の誉れ高く、主君に従い京都へのぼった際香川景恒に師事した。 武頭、番頭を経て40歳で家老となる。 戊辰戦争の秋田攻めで、家老坂本助佐衛門と共に兵を統率し、大門坂、増田、横手、国見、鶴田等で戦功を立てた。 維新後に私塾を開いて子弟を指導し、門下生が500人に達した。 著書に『東海道紀行』、『南都紀行』、『中山道紀行』、『慶応四年戊辰日誌』、『竹径詩文稿』等ある。 明治25年(1892年)9月22日没。 享年77歳。 |
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牧野半三郎墓 | 仙台藩。 成徳の子。 戊辰戦争に従軍し功をたてる。 日清戦争では第二師団軍夫100名の長となり弾薬第二大隊付となるが、明治28年(1895年)8月27日病没。 享年39歳。 |
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牧野成徳墓 | 仙台藩。 亘理家家老。 剣法槍術を極め武芸の指南でも功績を挙げた。 戊辰戦争では秋田口に出征し軍功があった。 維新後は、養蚕・製糸の改良に尽力する。 明治40年(1907年)6月15日没。 享年70歳。 |
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