仙台市青葉区北山1丁目13-1 地図
三浦源太夫遺髪碑 | 仙台藩。 小隊長。 明治元年7月28日岩代本宮で戦死。 |
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浜田清之助墓 | 仙台藩。 銃士。 明治元年8月20日磐城旗巻で戦死。 17歳。 |
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真山倫輔墓 | 仙台藩。 下折壁邑主。 着座。 2000石。 明治元年5月20日若年寄となり、6月には藩からの命で気仙郡綾里村海岸筋御固方として家中20数人を率いて海防出動し、40日間任務に就いた。 会津戦に出征し、8月には6小隊を率い伊具丸森国境を警備し、旗巻峠で鮎貝太郎平と共に戦った。 明治7年(1874年)1月24日没。 享年56歳。 |
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氏家厚時墓 | 仙台藩。 若年寄、大番組。 安政3年(1856年)2月、蝦夷地警備を命じられて隊旗と條目を授けられ、初代御備頭として青森、箱館を経由して任務に就き、白老陣屋の建設に当たった。 戊辰戦争では西軍と戦うことの非を悟るが、5月11日には参謀監軍に、13日には番頭格となり藩命に服して活躍した。 敗戦が続く中、8月3日に若年寄に起用されると和議を図り、藩主に降伏謝罪することを説き、自ら正使となって西軍との折衝に当たるなど戦争終結に力を尽くした。 戦後の敗戦処理に当たり、仙台藩権大参事に任ぜられ、士族の指導者として戦後の復興に当たった。 明治11年(1878年)士族結社の副社長に選ばれ、士族に職を与えて生活の安定に尽くし、翌年これを母体とし第七十七国立銀行を創立し初代頭取に就任した。 明治33年(1900年)没。 享年84歳。 |
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