仙台市若林区新寺2丁目6-35 地図
佐々木三郎兵衛墓 | 羽後平鹿郡横手の人。 横手城の戦いで住民が山中に避難していまい、兵器や食料の運搬に往生した仙台・庄内藩軍は、すみやかに村に戻り運搬を請け負わなければ村を焼き討ちをすると脅した。 三郎兵衛は、子の康綱と謀り、陣営に赴き放火を止めるように請い、運搬を請け負うことを承諾する。 三郎兵衛は康綱を督促して運搬にあたり、村は焼き討ちを免れる。 その後、両藩は撤退するにあたり、汝はこのまま留まれば秋田藩から咎めを受ける、両藩いずれかに仕えるように促し、三郎兵衛は伊達家に仕えることになる。 庄内藩は我が軍に協力したために代々の資産を失うことは惜しいことであるとして、千金を与えた。 明治元年9月15日に三郎兵衛は一家を挙げて仙台に来て、藩は士籍に列し禄及び物若干を賜う。 三郎兵衛は、先祖の近江国主佐々木承禎から佐々木氏を称した。 明治7年(1874年)12月24日没。 享年84歳。 |
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